Tender season 

* やわらかな 季(とき) *
* いっしょに しあわせさがし しませんか? *
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ありがとう・・・の気持ち
ALS 筋萎縮性側索硬化症

ご飯が食べられること
話ができること
手がうごくこと
身体がうごくこと
眠ることができること

そのすべてがすこしずつ機能しなくなって・・・
最後に呼吸をすることさえもできなくなって

そして
私の義母は 神様のもとに 帰って行きました・・・・



10万人に一人という 難病でした
治療方法すらもなく
ただ、すべての機能が失われていくのを待つことしか出来ないという
残酷極まりない病気でした
この病気の最大の残酷さは
知能はけして失われないということ
頭のなかは病気以前と変わりなく
自分の病気の状況も、痛みも、苦しみもすべてを受け止めなければならないということ
すべてをわかった上で、ただベットの中で動くこともできず時がたつのをただ待つことしかできない。。。
そんな残酷な病気でした
義父が3年の闘病の末、旅立ったその通夜の席での
「なんか体調がよくないの・・・」
その言葉を聞いてから、病名がわからないままの1年
そして、やっと病名がわかってから たった1年でした・・・
 
生きていて欲しい
ずっと生きていて欲しい
そう願うことが、生きているもののエゴだと
治ることのないなにも治療することすら出来ないそんな母が
ただ願うこと、
その願いが叶うことが、もしかしたら一番なのではと そう思うようになりました

やっと母は自由になることができました
身体も自由にうごかせて、思う存分話ができて、きっとおいしいものを思う存分た
べることができるようになったのだと思います
2年前に一足先に天国に行った義父と
きっと、また以前のように大喧嘩をしているのだと思います
でも、たぶんそれもずっと話すこともできなかった義母にとっては
楽しいことなのじゃないかなぁ と思ったりもします

初めて母と話したのは電話口でした
一度も会ったことがなかったのに とっても優しくてあったかい声の母でした
初めて会ったときも、手放しで私を受け入れてくれました
本当の娘のように 可愛がってもらいました
何にもできない、何にも知らない どうしようもない私でしたが
全てをまるごと受け止めてくれた 心の大きな母でした

一度も喧嘩できませんでした
一度も怒られたこともありませんでした

母の作ってくれた煮物やお味噌汁は
絶対に絶対に 誰にも負けないほど 美味しいものでした
まだ、母からその作り方 きちんと教わっていません
わからないことが まだまだいっぱいあります

第一 
ありがとうも きちんと 言えていません
大好きも 言えていません

年末に また来るねっ! って言ったまま…



先日、偶然にも
一リットルの涙の特別番組が放送されました
彼女の病気も 義母と似たような病気でした
10万人に10人 10万人に1人
どちらも、想像もつかないような割合です
どうして 私なの? と 彼女が言ったように
この2年の間、 どうしてお母さんなの? と
何百回も繰り返し 思っていました

このエントリーを書くことにたいして
ずっと 心の中で葛藤がありました
本当は、もっと前に 母の生前にこの病気のことを知ってほしくて
何度も、下書きを書いては消し、また書いては消し と繰り返しをしていました
以前、聞いていただきたいことがある と書いたのも
この病気のことについてでした
でも、その記事を公開する前に 母は他界してしまいました
もっと、自分に勇気があったならば。。と


でもね、
きっと 母は いつもの笑顔で 見ていてくれるって思うんです
だから
これからも、母の笑顔をこころのなかで感じながら
毎日を 自分なりにまっすぐに 頑張って行きたいと思っています


ここで、この文章を書かせていただくことで
前に 一歩進めるような気がして・・。

こんな つたない文章で、感情まるだしの文章なのに
読んでくださって、ありがとうございました!
ホントに ありがとうございます。
@pink 2007.04.05
| ひとりごと | 23:59 | comments(3) | trackbacks(3) |
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comment
pinkさんの文章、、、、最後まで全部読んだよ!関係ないんだけど私も忘れないよpinkさんの大切な大切なお母さんを。。
| koto | 2007/04/13 1:10 PM |
昨日なんてコメントすればいいのか頭 悪いから(笑) だからも一回読んだ。みたいな。ひとつ思ったのは、、、煮物も お味噌汁の味もpinkさんしかいないね!おかぁさんに勝てるのは!
| koto | 2007/04/14 7:17 AM |
初めまして。
自分のお父さんも
筋萎縮性側策硬化症で
今は埼玉の狭山病院と言う所に入院しています。

ブログを読んで涙が出てきました…
自分もなんで
家なんだろう…
なんで
お父さんじゃないといけなかったのだろうと
今も思っています。

定年まじかで
定年後は気ままに過ごすと笑いながら言っていたのに…

今まで男で一つで
三人の子供を
育ててくれた
お父さん…

お父さんは今の状況でも幸せと思っているのかな…
| 智寛 | 2007/09/17 6:54 PM |
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